2023年6月8日、イタリアのドゥカティ社から招待を受け、ドゥカティ本社のあるイタリア・ボローニャで行われた「Ducati Tech Talk」(ドゥカティ・テック・トーク)という、エレクトロニクス技術に関するトークセッションに宮城光所長が参加。その時の様子をうかがいました。

Ducati Tech Talkとは?

―「Ducati Tech Talk」(ドゥカティ・テック・トーク)はどのようなイベントだったのでしょうか。

「Ducati Tech Talk」は、ドゥカティ社が持つエレクトロニクス技術を公開するというものでした。
世界中のアメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、中国、イタリア、日本の7か国から7名のジャーナリストが招かれて、日本からは僕が参加した、という所です。

1日目の流れとしては、本社工場で最新のバイクや古いバイクを見ながら技術説明を受け、その後はMotoGP世界選手権のイタリアラウンドがムジェロというレース場で行われていますので、レース場に程近いホテルに移動しました。
夕食までの時間は、ドゥカティ社の2023年モデルも含めた最新バイクなどに乗ってワインディングロードを走りました。

2日目は土曜日の朝からレース場に入り、ドゥカティでのワンメイクの最新電動レーシングマシンの技術説明を受けて、その後はMotoGPのスプリントレースを観戦し、ホテルまでは再びドゥカティのバイクを乗り込む事で、更にマシンへの理解が高まります。
3日目も午前中にたっぷりドゥカティのバイクを堪能し、午後からはムジェロでMotoGPを観戦し次の日に帰国、という行程でした。



―それは充実したイベントでしたね。

昨年、ドゥカティはMotoGPの最高峰レースでも年間タイトルチャンピオンを獲得しましたし、、今年もポイントリーダーで圧倒的に強い訳です。
そうしたドゥカティの強さの裏にはエレクトロニクス技術という裏付けがあるというのが今回聞けましたね。

DUCATIの本社や工場は?

―その技術が詰まっているドゥカティ本社や工場はどのような雰囲気でしたか。

工場はボローニャの住宅地にありますが、本社や工場も大規模なものではなかったのが意外でした。
その敷地内にはTシャツなどを販売しているアパレルショップがあったり、研究所、工場、本社などがあります。

規模としては2000人位の中小企業で、敷地内の施設は日本のようにIDカードを持っていなければ入れないという事はなく、ドゥカティの役員にに聞くと、
「皆、同じカフェテリアで毎日顔を付け合わせて食べていて、よく知っている者同士だからIDカードは要らないんだよ」と言うんです。

ドカティ本社前にて
オープンな雰囲気のドカティ本社のカフェテリアでアイディアは生まれる



―とてもオープンな環境ですね。
決して大規模な施設ではない場所で何万人という大企業ではない企業が、市販車でのレースであるワールドスーパーバイクでもチャンピオンを獲得し、MotoGP最高峰クラスでもチャンピオンを獲得し、今年から始まった電動バイクのレースのマシンも、ドゥカティがワンメイクで作ったものをすべて提供している。驚きですよね。

話を聞くと2000人の会社の中で10%の社員がレースに関わる部門だそうです。
レースはPRにはなりますが、研究費からレース参戦費など経費がかかり、決して単体でお金を生み出す部門ではないにも関わらず、それだけの人数を割いている訳です。

DUCATIのエレクトロニクス技術

―エレクトロニクス技術の説明ではどのようなお話があったのですか。

様々なプレゼンテーションがありました。
ドゥカティでは安全技術に関する最新電子制御技術をバイクに搭載していて、安全面への配慮が特に印象的でした。

2008年からはトラクションコントロールという、リアタイヤが滑らないように制御する技術はもちろん、アダプティブ・クルーズ・コントロール(ACC)という、前の車が低速で走行している場合、自動的に速度を落として走行できる技術を搭載しているという事です。

アダプティブ・クルーズ・コントロール(ACC)がバイクに搭載されているのは、ドゥカティ含めて世界で2社のみです。
また、4輪で搭載されていることもありますが、アクティブ・ブラインドスポット・アシストという、ドアミラーの死角に入った車がいる場合、レーダーが探知してミラーにランプが点灯する仕組みが唯一バイクに搭載されているのがドゥカティなんです。
そうした電子制御に関する技術を、どんどん進化させていったという歴史を聞きました。

ただ、テストライドの際には機械がうまく機能しなかったり、電子制御技術の実用化に向けては大変な苦労を経てきているという事でした。
また、ドゥカティ社はエンジンのパワー出力のコントロールにも携わってきており、例えば雨の日の出力は100馬力、サーキット走行では150馬力、ツーリングなら120馬力など切り替えを最初にできる、2010年にライディングモードを最初に採用したのはドゥカティ社なんです。
そうした先進技術にチャレンジしてきた歴史を聞きました。

2011年にはオートバイで初めてTFTフルカラーの液晶モニターのメーターを採用し2012年には最高峰のスポーツモデルに搭載したのもドゥカティ社です。
その他多数ありますが、エンジンブレーキの効き方の調整を自動的に行う装置、安全面では2014年にダイネーゼ社との共同開発でオートバイと連動して瞬時に開くオートバイ用エアバッグ搭載車を、2018年にはブレーキをかけた時のパワースライドをコントロールするスライド・バイ・ブレーキシステム搭載車を、そして今年2023年には、V型4気筒エンジンで、エクステンデッド・シリンダー・ディアクティベーションシステムと呼ばれる、2つのリアシリンダーバンクの作動を必要がない時には一時的に休止させることで燃費向上に寄与する画期的なシステムを開発しました。

ドゥカティ社が世界で初めて導入した革新的な技術

2008年 DTCトラクション・コントロール – 1098 R
2009年 LEDヘッドライト – ストリートファイター1100
2010年 ライディングモード – ムルティストラーダ1200 S
2011年 TFTメーターパネル – ディアベル
2012年 エレクトロニック・エンジンブレーキ・マネージメント(EBC) – パニガーレ1199
2012年 フルLEDヘッドライト – パニガーレ1199
2021年 アダプティブ・クルーズコントロール/ブラインドスポット検出機能 – ムルティストラーダ V4
2023年 エクステンデッド・シリンダー・ディアクティベーション – ムルティストラーダV4ラリー


―それはすごいですね。ドゥカティ社はなぜここまでエレクトロニクス技術の開発に力を入れているのでしょうか。

ドゥカティ社の始まりは、ラジオやタイプライターなどの電器製品の会社だったからです。
それが第二次世界大戦の頃に広い地域で爆撃があり、工場の稼働が停止したそうです。
戦後、新たに今の世に必要な物をと考えた時に、自転車にガソリンエンジンをつけてペダルを回すものを開発したんです。そこからバイクメーカーへの階段を登って行ったのです。

日本のトップバイクメーカーであるHONDAも戦前は様々な機械の修理や販売を行う会社でしたが、戦後、家族が遠くまで自転車で買い物に出かけるのを見て、エンジンをつけてあげようと思いつき、一気にバイクが広まったという歴史があります。
ドゥカティも同じような歴史で、元々電器メーカーであったことから、創業当初のマインドを継承し、今もなおエレクトロニクス開発に勤しんでいるのです。



―原動力は創業当時のマインドを脈々と持ち続けるということだったのですね。
そうです。コロナウイルスが猛威を振るっていた頃、世界中で半導体不足が騒がれていました。
そんな頃から、ドカティ社では半導体をバラして、使われているパーツのシリアルナンバーを調べ、全体としては同じ部品番号の半導体でも中身のパーツのシリアルナンバーまで、メーカーにリクエストをしているのです。

そこまで良い物へのこだわりがあるという事です。製造部門では自分が請け負っているパートしかわからないというのが普通だと思いますが、ドゥカティ社では他人の分野もよくわかっているので自分がどのようなパーツを作ればよいかがわかっているんです。

社員一人一人のスキルが高いんだなと感じました。皆でランチを食べていてお互いの顔も良く知っているという会社の体質に表れていますが、皆がドゥカティを好きでレースを愛していますからコミュニケーションもよくとれているのでしょうね。



―オープンな社風は皆ドゥカティが好きという共通の想いから自然と生まれているのですね。

ドゥカティのレースの歴史は市販車、つまり一般に販売されているバイクの歴史であり、一般に販売しているバイクで現在もレースをしているんです。
一般車をレースで試験しているようなもので、レースに勝てるようにさらに改良して良いものになり、結果、市販でのバイクも最良のものになっていくんです。

一方、近年のドゥカティはMotoGPにも継続参戦し、市販車の究極のバイクレースである、ワールドスーパーバイクにも参戦してチャンピオンを多く獲得しています。
MotoGPはプロトタイプのマシンですからここで良いバイクを作ってその技術を市販車に活かし、ワールドスーパーバイクという最高の場でいわば試験をして、その情報をまた市販車に活かしアップデートしていくという循環でライダーに最適なバイクが出来てくるわけです。

#51の Michele Pirro選手のピットを見学させて頂いた

MotoGPのライダーも自分たちに関係するバイクだけでなく、市販車やワールドスーパーバイクに出場するバイクにも乗って試してフィードバックしたりしていますし、そうすることでドゥカティ社すべてのバイクが良いバイクになっていくというのは理解できますよね。



―バイクに限った話でなく、どの分野でも多くの部署の多くの人の連携が取れていれば最高の商品が出来上がりますよね。ドゥカティ社の経営層とはお会いできましたか。

現地では社長と副社長がバイクに乗りまくっていましたよ(笑)
僕たちがムジェロのレース場で休憩していると、数人でバイクに乗ってくる人達が到着し、「チャオ!」と陽気に挨拶してくる人がいました。聞けばその人は副社長とのことでした。
経営層でもレース場に行けばピットでライダーに声をかけたり、ピットロードで檄を飛ばしたり、バイクが好きな人が出来る事をしているという経営陣ですが、決して雲の上の人になっておらず、たえず社員とコミュニケーションをとっている、パッション(情熱)の会社という印象でした。

ドゥカティミュージアム

―最新のレーシングマシンから創業時のバイクが並ぶドゥカティミュージアムはいかがでしたか。

歴史のある市販車の数々、レーシングマシンの数々が展示してありました。どれも触って跨がれるような距離感に置いてあるんです。
ロープがあって「手を触れないでください」「撮影禁止」など一言も書いてない訳です。それは基本的には触ってはいけないのだろうけど、少しくらいならいいですよ、という事だと思うんですが、でも、誰も触りはしませんよ!ミュージアムコンディションなのですから!
ドゥカティのファンの人はドゥカティが好きで来る訳で、そのファンに対してリスペクトがあると感じましたね。

日本でも大人気のスクランブラー2023YM、従来型より更に洗礼されている
#63は2022年のMotoGPチャンピオン フランチェスコ・バニャイア選手の記念モデル
ドゥカティも、小さなバイクで人々の役に立つ物を作って来た
歴史を感じさせるドゥカティ社のバイク

試乗バイクについて

―移動の際に宮城所長が乗ったドゥカティのバイクはどのようなものでしたか?
世界から7名招待されたのですが、パニガーレのスポーツモデル以外、すべての2023年モデルで、10台ほど用意してくれていました。

最初にスクランブラーというバイクに40~50分程度乗った後、次のバイクにまた40~50分乗り替えてという事を代わる代わるやっていました。

移動に用意されたドゥカティ2023年モデルのバイク

ツーリングモデルのような大型のバイクから小柄なスポーティーなバイクなどあるのですが、どのバイクにもすぐ慣れることができるんですよ。
何故そのような急に乗ってもすぐなじむバイクが作れるのか考えたところ、ドゥカティの本社から30分も走ると箱根の山のような場所があるんです。

日本で言えば御殿場に会社があるようなもので、30分も走れば富士のワインディングがあったり御殿場、箱根のワインディングを走行できるような環境があるようなものです。
さらには1時間半も走れば世界最高峰のムジェロレース場でテスト走行もできるんです。

直線や曲がりくねった道、ガタガタ道などありとあらゆる環境でテストライダーや従業員、レーシングライダーなどがバイクを評価できる。
だからこそ、多くのライダーが安心して乗れるバイクを作れるのだなと感じました。

今回、ワインディングを走らせていただいた事でバイクの開発シーンを垣間見た感覚でした。
テストライダーを含めたスタッフも10人ほどいて滞在した4日間、24時間体制で私たちにつきっきりで対応していただけ、おもてなしというのを大変感じました。

乗り換えで多くのバイクの乗り心地を確かめる
ムルティストラーダV4ラリーはドゥカティ自慢のV4エンジンを搭載する
スクランブラー800の2023YMの走りは軽快で、取り回しも気兼ね無く出来るのが魅力

MotoGP2023年第6戦イタリアGPについて

―宮城所長にとって最高の4日間でしたね。ムジェロで開催されていた、MotoGP世界選手権のイタリアラウンドの雰囲気はいかがでしたか?

土日はレース場に行きましたが、ドゥカティの赤一色でした。
日本と違うのはテレビでもバイクレースのニュースが時間を割いて放送されているほど人気があるという点です。

ちょうど4輪でもル・マンのレースが開催されていて、フェラーリが50年ぶりに出場してトヨタをおさえて優勝したという時で、ドゥカティもMotoGPで優勝という事で、フェラーリ、ドゥカティ両方ともイメージカラーが赤ですから、新聞は赤一色でした。

土曜日のレースではドゥカティが1位から5位まで独占、日曜日のレースでも1位から4位まで独占し、ほとんどの観客もドゥカティを応援しているので、客席も赤一色でした。

ドゥカティのイメージカラーで染まる観客席



―宮城所長の興奮ぶりから大変な熱狂ぶりも伝わってきます。

ガソリン車とは別に電動バイクのワンメイクレースで、参戦するチーム全車同じバイクを使用するMotoEも行われていたのですが、昨年より3秒タイムを縮めたそうです。
MotoGPクラスで3秒縮めるのは5~10年はかかります。電気技術に関してもすばらしい技術を使っていると思いますね。

DUCATIの電動バイクについて

―電動バイクはまだレースのみの登場で市販車はまだ発売されないのですか?

そうです。市販車の販売時期については今回発表されませんでしたが、MotoGPからフィードバックされて良い市販車が販売される流れと同じように、MotoEでは既に早く走る電動バイクがありますので、市販車で良いものが出てくるのでしょう。

個人的な意見ですが、ガソリンエンジンのバイクは全世界に星の数ほどありますので、それを全部廃棄して電動バイクにシフトというのは現実的ではなく、しばらくはガソリン車と電動車、両輪で展開していくのではと思っています。

今季もMoto-Eマシンは、ドゥカティ社のワンメイクレースだ



―話変わりまして、ドゥカティジャパンのムルティストラーダV4Sというバイクのアンバサダーも務める等、普段からドゥカティとも親しみがある宮城所長ですが、2023年モデルについて乗った感触等、ドゥカティ社に何かフィードバックしたのでしょうか。

多くのフィードバックをさせていただきました。
デザートXというバイクに日本で乗った時に、オフロードを走るバイクなのにサスペンションが硬く、オンロード用のサスペンションのようになっていたので、オフロード用に自身でセットアップしていったという経緯がありました。

ところが、今回2023年のモデルをイタリアで乗った時には既に改良していました。
ドゥカティというのはオンロードメーカーなので日頃乗っているファンもオンロード仕様を求めていると思い、ややサスペンションを硬めにしたと思うんです。
ですから僕の経験をそのまま伝えて、オフロードのバイクはやはり柔らかめなサスペンションが良い、という意見を伝えたりしました。

一方では、ハンドリング性能に個性を出しているマシンも有りましたので、提案をしました。
その辺りの経験値も、テストライダーとのやり取りでは、感じている部分は同じでした。
国が違っても人が変わっても良い物は良いですし、問題があれば気がつく物です。

こんな事が有りました・・・有るマシンに乗っていたのですが、急に雨が降り出しました。
私はそのマシンのフロントエンドに違和感を感じる事に。

十数台での走行ですが、どうも速度が乗りません。見かねたスタッフが自分の乗るマシンと交換してくれたのですが、やはりその彼も速度が上がらなかったのです。
信号待ちで顔を見合わせお互いに笑ってしまった事は言うまでもありません。

勿論、この部分は通常一般的には感じない僅かなフィーリングです。
しかし、その些細な部分までも、お互いに価値観を共有出来た事は両者にとっての収穫となりました。
その夜は、美味しいワイン片手にハンドリング議論が尽きる事はありませんでした。

今後もDUCATIに期待!

電動でもガソリン車でも、最先端技術を搭載し、魅力溢れるドゥカティのバイクは、今後も我々ライダーの胸躍るバイクを作り続けていくと確信できるイベントでした。
今後もドゥカティのバイクにますます注目していきたいと思っています。

筆者プロフィール

宮城光

1962年生まれ。2輪・4輪において輝かしい実績を持つレーサーとして名を馳せ、現在ではモータージャーナリストとしてMotoGPの解説など多方面で活躍中。2022年、バイク未来総研所長就任。