絶版車の王様、カワサキZ1の登場から約10年、たった10年でカワサキのフラッグシップは再び900ccで世界を席巻した。
GPZ900Rは今に続くエポックメイキングな一台、まさに「近代バイク史に残る」名車である。

GPZ900R

10年の間に何があったのか

絶版車と言えば誰もが知っていて一目を置くZ1。
押しも押されもせぬ名車ではあるが、初期型の登場は1972年、今の感覚で乗っても面白いことは間違いないが、同時に絶対的に「旧い」。
その旧さも味わいとして楽しめるのが名車のゆえんだろうが、カワサキの70年代はこの空冷フラッグシップを大切に育てつつも、70年代の後半には早くも水冷エンジンのニンジャの開発に取り掛かっていたという。

世の中はまだZ1のショックを満喫していたことだろう。
マーク2・J系などの派生・進化モデルもあったし、空冷GPZともなれば完全に別次元の性能も得ていた。
650ベースの750、そして新たなフラッグシップとなっていた1100。
モノショックや燃料噴射など、Zは空冷大排気量を極めるような進化を重ねていたし、750ターボというチャレンジも行われていた。

しかしそんな中でカワサキは早々に「次は水冷でいかねばならぬ」と直感していたようだ。
名車Zの誕生から10年後を見据え、Zがそうであったように、じっくりしっかりと作り込んだ新作水冷エンジン及びそれを搭載する次世代のダイヤモンドフレームとフルカウルを模索し、1983年の暮れにGPZ900Rを投入したのだった。

あくまで正常進化

水冷化されたことで一気に近代化した印象のあるGPZ900Rであり、だからこそ「Z1からたった(約)10年後にコレになっていたのか!?」と何度も驚いてしまうのだが、しかしその内容はあくまで理論的な正常進化だった。

空冷GPZは確かに高性能だったが、同時にライバルも多く登場し絶対的優位性は失われていたし、ホンダのCB900Fのような次世代スポーツバイクも登場してきていた。
カワサキはよりハイパワーには4バルブ化は必至だと認識しており、4バルブ化すると空冷のままヘッド周りを十分に冷やすのは難しいと判断。
効率化を求めるとバルブアングルを狭めたいという都合もあり、ますますコンパクト化するヘッド周りに走行風を当てるのが難しかったのだ。
ホンダCB-FやスズキGSXは空冷のまま4バルブ化という判断をしているが、カワサキは先を見据える意味でも早々に水冷を選択したのだった。

このおかげでカムチェーンは中央ではなく左側に寄せることもでき全体をコンパクト化。
さらにバランサーも搭載することでエンジンの振動を大幅に減らし、そうなると振動を消すための堅牢なフレームは必要とせずエンジンを強度部材として活かすダイヤモンドフレームも使えたというわけだ。
さらにこのフレーム形式とすればダウンチューブがないため、水冷化により重くなったエンジンの搭載位置を下げることができる。
低重心になれば取り回しも楽になるし足つきも良くなる……などなど、理論的に最適解を追求した結果、このGPZ900Rが生まれた。

今のバイクもサイドカムチェーンの水冷4気筒をフレームから吊り下げているのが多いことを思うと、いかにGPZ900Rに先見の明があったか、いや、シンプルに効率を求めたのか、ということがわかるというものだ。

キャブへの回帰・16インチホイール

最新最速のハズのGPZ900Rは、様々な新機能を持ちつつも「どうしてこれを採用したのだろう」と思うような部分もあった。

筆頭はキャブだろう。カワサキは早くから燃料噴射に取り組んでおり、ニンジャ登場前夜のフラッグシップ、GPZ1100や750ターボにはDFIと呼ばれる燃料噴射を採用していた。
しかしGPZ900Rはキャブに回帰。培ってきたDFIではなくケーヒンのCVK34という負圧キャブを採用したのだが、これは規制対応や性能確保が十分クリアできたからされているものの、今振り返るとこれはカスタムやチューニングの余地を残すという意味もあったのではないかと思える。

今のカスタムシーンでは燃料噴射の設定変更も一般的になっているが、当時はまだ一般的ではなかったし、先代のZ1も公道やサーキットで様々なカスタムやチューニングが行われた機種。
吸気はキャブとしておくことで、GPZ900RもまたZ1のように様々な楽しみ方を残したのだと思える。
事実現在でもニンジャにレーシングキャブを取り付けるカスタム例は非常に多い。

もう一つはフロント16インチタイヤの採用か。70年代のビッグバイクはフロント18インチもしくは19インチが一般的であり、16インチという小径タイヤは80年代に入っての一種の流行りだとも思える。
レースシーンで16インチの優位性が語られることがあったため、GPZ900Rというブランニューモデルにコレを採用しようという流れだったのではないか。
そこには純粋な性能確保というよりは、商品性という意図も見えなくはない。

16インチホイールを採用しつつ、250km/hという最高速を実現する車体に安定性を確保するのは難しかったことだろう。
特に開発段階のZ1で安定性に注文がつき、急遽対処した歴史のあるカワサキからすると、最高速付近での安定感・安心感というのは確実に確保したい項目。

そこでキャスターは29度と大きく寝かされ、高い速度で走行することの多い海外市場においても納得してもらえる安定性を追求。……というのが通説ではあるのだが、1990年モデルではフロントホイールが17インチに変更されたにもかかわらず、このキャスター角は不変であり、逆にトレール量は114mmから118mm(国内仕様は不変の114mm)に増やされているのだ。よって、フロントホイールの径とはあまり関係のないところで、車体のバランス的にこのディメンションが結局ベストだった、という話なのだと思うが、実際に16インチと17インチの乗り味の違いは後述する。

なお、ホイールのインチ数に関わらず、250km/hの最高速、ゼロヨン11秒を切る、という性能を支えるにはタイヤの開発も難しい部分だったそう。
この性能を支えるためにダンロップと共同開発した新規タイヤはかなりコストもかかった部分だったというが、そのおかげで250km/hから先の世界が開いたということもあるだろう。

空力のハナシ

GPZ900Rのもう一つのトピックは空力の進化だ。
空冷のGPZの時点でハーフカウルは存在したわけだが、GPZ900Rではフルカウルを採用した。

このクラスのバイクだと230km/h程度の最高速が一般的だったのに対し、カウルがついたことで一気に250km/h近くまで速度が伸びたといい、開発者もその効果には驚いたとか。
あまりの効果に「これはちゃんとやらなければいけない」と実測テストや風洞実験を繰り返し、この時の開発が後のカワサキの空力の基準となったという。

その後のGPZ900R

初期型が登場した84年は相当な衝撃があった。空冷の1100ccこそが各社のフラッグシップであった中、出力的には大きな差はなくとも軽量で運動性に優れる水冷のGPZ900Rは完全に次世代の乗り物であり、Z1がそうであったように新たな扉を開けた機種だった。

GPZ900Rのもう一つ興味深いのは、大きくモデルチェンジせずに2003年まで生産され続けたことだ。
16インチのフロントホイールを持つ初期型のカタチは89年のA6型まで継承。
翌年からはフロントホイールが17インチ化し、同時にフロントフォークもそれまでのφ38mmからφ41mmへと大径化。
アンチノーズダイブ機構のAVDSは省略され、ホイールは3本スポークとなった。

この時点で既にZZR1100も登場しているため、正常なアップデートという内容だが、冷静に考えるとZZRがあったということはこの時点でニンジャはかなり旧車感があったはずだ。
それでもこういったアップデートをしたということは、当初のスーパースポーツとしての立ち位置ではなく、スタンダードスポーツモデルとしてのニーズがしっかり浸透していた証明だろう。

もう一つの節目は99年、A12と呼ばれるモデル。一目でわかる違いはフロントに採用された対向6ポッドピストンキャリパーだ。この他リアサスをそれまでのエア加圧式からガス封入式へとアップデート、ラジアルタイヤも採用したが、それでも中身は細部の熟成やカラーチェンジのみで、2003年の最終型までこのカタチを維持した。

試乗を振り返る

発売当初の筆者はまだ赤ん坊だったが、雑誌撮影などで度々乗る機会があったGPZ900R。試乗経験を振り返ってみたい。

ゼロヨン11秒、最高速250km/hと聞くとどんだけスゴイバイクなのか、と身構えるが、実際のニンジャはかなり優しい乗り物だ。
タンクがとてもスリムで、ハンドルやシート、カウルもみんな細身で、今の感覚からすると900ccにしてはかなりコンパクトという印象。
しかし前後方向には長く、ドシッと地面にくっついているような印象がある。

初期型~89年のフロント16インチ仕様はかなり旧さを感じる乗り味だ。
フロント16インチのバイクは総じて安定性が乏しいなどと言われることがあるが、GPZ900Rについてはそのフロント16インチのせいというよりは、径の細いフォークや今では慣れないアンチノーズダイブ機構など、ホイール径とは別の所でどこか頼りなさを感じる。
それでもフレッシュなタイヤを履いていればコーナリングは軽快で速度がのっても怖さは少ない。
しかしこの全体的なユラユラ感というかヨレヨレ感というか、ひっくるめて「旧さ」と呼んでしまうが、この感じで250km/hも出るかと言われたらちょっとどうかな?というのが本音だ。
今のバイクでも250km/hはなかなかの速度だ。このフロント16インチGPZ900Rをその速度域へと導くのはなかなかハードボイルドなライダーでなければ難しいと感じる。

対するA7以降の、フロントが17インチになった型になると、なるほどそういう速度域も現実的かな、と思えるようになる。
ホイール径ではなく、フォークの径が大きくなったことによる安心感や、よりモダンとなったサスセッティングやブレーキの効き方などが絶大な安心感をもたらしている。車体にはユラユラするような要素は全くなくなるのだから、足周りだけでなく車体の剛性バランスもアップデートされているのではないかと思う。

高速域だけでなく、ワインディングでの安心感も何倍にもなっていて、豊かな接地感と軽快なハンドリングで積極的にワインディングを楽しめるだけでなく、路面状況に左右されないような懐の深さも持ち合わせているため、ツーリングシーンで出くわすことも少なくない舗装林道的な道でも900ccのサイズ感を意識せずに楽しめてしまう。

エンジンのスペック的には初期型から大きな差はないはずなのだが、A7以降、さらにはその後も年式が進むにつれ洗練されていく感覚は確かにある。
シンプルにより新しいことによるヤレの少なさという部分もあるかとは思うが、それだけではない、細かなアップデートを感じるのだ。

モデルライフ終盤にもなるともはや完全なるクラシックバイクにもかかわらず、それでも安定した人気を維持していたのは汎用性の高いスポーツ性と、着実にちょっとずつ良くなっている熟成ゆえだと思う。

汎用性と言えば、車体構成的にも有利な面は多くある。
無理のないポジションやスリムな車体はライダーのスキルを問わずに乗れる気にさせてくれるし、足つき性も比較的良い。

タンデムシート部までしっかりと確保されているためタンデムだけでなく荷物の積載も容易。発売当初はスーパースポーツモデルだったはずなのに、ツーリングもしっかりと考慮された汎用性を持ち合わせていたというのもGPZ900Rの魅力だろう。

カスタムシーンの盛り上がりもGPZ900Rを語る上では外せない。
アップハンドル化やハーフカウル化は言うに及ばす、リアホイールを今日日のワイド17インチへ交換、吸排気のチューンアップ、またはエンジン本体のチューニングについてもノウハウは多く信じられないような高出力を得ているカスタムマシンもある。
公道での快適性や適度なパワーアップだけでなく、旧車レースのシーンでは今でも一級の実力を示すGPZ900Rは少なくない。
そういう意味で、先代の900ccであったZ1と同じように、ユーザーレベル、ショップレベルで広く親しまれ、発展性も楽しまれているモデルに育ったと言えるだろう。

マジックナインは続いていく

タイトルに「マジックナイン」という言葉を入れたが、果たしてこの言葉がいつ生まれたのかは定かではない。
Z1というフラッグシップがあり、その約10年後にこのGPZ900Rが生まれ、そしてやはりまた約10年後、こんどはZX-9Rが登場した。
いずれもエポックメイキングな乗り物であり、そして全て900ccという排気量設定。
カワサキのフラッグシップは900ccであり、それがベストバランスを生んでいる、といった認識からこの「マジックナイン」という言葉が出てきたのだろう。

面白いことに、今セールスが好調なZ900RSもまた900ccクラス。
時代が変われど、カワサキにとってはやはり900cc近辺の排気量が色んな意味でちょうど良いのだろう。
この排気量のどこかにカワサキのマジックが隠れていそうだ。

筆者プロフィール

ノア セレン

絶版車雑誌最大手「ミスターバイクBG」編集部員を経た、フリーランスジャーナリスト。現在も日々絶版車に触れ、現代の目で旧車の魅力を発信する。
青春は90~00年代で、最近になってXJR400カスタムに取り組んだことも! 現在の愛車は油冷バンディット1200。