HONDA NR -ホンダ、4ストロークでのWGP再チャレンジが、ついに公道に降り立った-
公開日:2024.12.19 / 最終更新日:2024.12.19
1977年、ホンダはWGPへの再参戦を決断。勝つためだけではなく、人材育成や革新技術の創造を掲げていたため、メンバーもこれまでレースに関わったことのない人を選んだという。
そして、2スト全盛のWGP500ccクラスに楕円ピストンの4ストロークで挑んだのだった。
レースの話が独り歩きするが……
導入文で書いたように、市販車NRの背景にはホンダがレースシーンにおいて「4ストロークで2ストロークに勝つ」というストーリーがあった。
既に2ストロークが当たり前のWGP、しかも4ストロークを選択したからと言って優遇するようなレギュレーションもなく、あくまで「同じ排気量の4ストで戦う」という完全に不利なチャレンジだった。
それをホンダは楕円ピストンという前例のないエンジンで戦った。
楕円ピストンにすることで超ショートストローク化することができ、高回転化≒高出力化を追求。
楕円ピストン、ツインコンロッド、そして8バルブという構成は、V4でありながらV8のような性能を追求できたという。
そう聞くとV4のようなVツイン版も見たかった気がするが……まぁその話はともかくとして、残念ながらこのチャレンジは結実せず、技術的には面白かったもののWGPでは未勝利に終わった。
ただ87年のル・マン24時間耐久には排気量を750ccとしたNR750を参戦させ、楕円ピストンの技術はさらに熟成された。
しかし予選2番手を獲得するなど速さを見せたものの結果はリタイヤ。
ホンダ渾身の楕円ピストンはそのチャレンジ精神を大いに評価されたものの、WGPでも耐久でも、目立った結果は残せなかったのが残念だ。
しかし1992年、楕円ピストン技術は市販車「NR」として登場した。
520万円というプライスタグがついたプレミアムマシンとして公道に降り立ち、楕円ピストンというチャレンジを、一般ユーザーにも触れられる形として残してくれたのだった。
NR
92年と言えばファイヤーブレード
NRの発売は92年。いつの間にそんなに旧くなっていたのか……。
独自のハイメカはもちろん、今見てもオリジナリティあふれるスタイリングなどからそんなに旧いバイクという認識はなかったが、なんとCBR900RRファイヤーブレードと同期なのである。
アップタイプのマフラーはドゥカティの916よりも先だし、ミラーにビルトインされたウインカーもBMWなどには採用例もあったもののこれもまたスポーツバイクとしては新しかった。
倒立フォークも当時はまだ珍しかったし、フロントマスクの斬新さもCBR900RRと同時期とは思えない先鋭的なルックスだ。
アルミのツインスパーフレームやフロント16インチホイールなど、よく見ればCBR900RRとよく似た構成をした部分もある。
しかし発売当時、大変話題にはなったもののおいそれと手が出ない価格はともかくとしても、CBR900RRがナナハンサイズの車体に900ccエンジンを搭載し、これまでのビッグバイクの常識を打ち破ってきた中、NRはちょっと隠れた存在になっていた感もあった。
また、CBR900RRには国内仕様がなく、全て124馬力の逆輸入車。
これに対してNRは77馬力の国内仕様だったというのも惜しいポイントだっただろう。
レースでのチャレンジも過去のものになりつつあったため、市販車NRは登場がほんの少し遅かった感は否めない。
細部に込めた「所有するヨロコビ」
レース用として語られることの多い楕円ピストンエンジンだが、公道に降り立ったNRは公道用マシンとして、そしてホンダの技術を体験するという「所有する喜び」をしっかりと追求していた。
コックピットには5連メーターが並ぶが、真ん中に15000rpmから始まる白文字盤のタコメーター、奥にデジタルの速度計が隠されていた。
トップブリッヂ上には「NR」の文字、そしてスクリーンは青光りするチタンコーティング済み。
カウルはカーボン製で、そのカーボンクロスが見えるクリア塗装と、新開発の赤色高彩度塗装のツートン。
赤は退色しやすい特性があるが、現存するNRが美しい赤を保っているのはこのおかげだろう。
タンクはアルミ製、給油口は耐久レースのクイックチャージャー風のデザインで、ここにもアルミヘアライン仕上げのNRロゴが入っている。
ライダーを喜ばせるのは豪華装備だけではない。フレームはCBR900RRと似ているようにも見えるが、公道での扱いやすさ、親しみやすさを求めてレプリカ系モデルに対して剛性を80%ほどに落としている。
またタイヤ、フロントフォーク、スイングアームも10~15%ほど剛性ダウンさせ、扱いやすさを追求しているのだ。
ちなみに国内仕様は77馬力だが、フルパワーは750ccでありながら900ccのCBR900RRを凌ぐ130馬力。
国内仕様はコンピューターとサイレンサー、吸気のインシュレーターによって抑えられているだけのためパワーの開放は比較的容易だし、当時フルパワー化されなかった個体の方が少ないだろう。
楕円ピストンであるということだけではなく、そのルックス、公道で楽しみやすいよう作り込まれた車体、そしてフルパワー化により得られる130馬力。
NRは当時のホンダの技術の粋、ホンダのレースに対するチャレンジを一般ライダーにも体験させてくれたのだ。
V4は常に最先端へ
当時のレースシーンの技術を文字通り公道仕様に落とし込んだNR。
こういった革新的な技術が、V4というエンジン形式で成されたというのがこの後のホンダV4の方向性を決定づけたように思う。
80年代後半のV4はVFRなどサーキットやレースにフォーカスしたモデルが多かったわけだが、NR以降はDCBSやVTECといった新しい技術を搭載していくのはツアラー化していたVFRと決まっていたし、さらにVFRが1200cc化した時には今ではホンダお得意となっているユニカムを搭載したほか、Vバンク角を変えるなどコスト度外視のチャレンジもしていった。
いまでこそホンダのV4はなくなってしまったが、NRという突き抜けたハイメカがあったからこそ、その後のホンダのV4はホンダの技術の代名詞的存在になっていったと考えられる。
試乗を振り返る
NRは新車当時からプレミアムマシンであり、試乗する機会に恵まれてもさすがに遠慮があるというか、思いっきり攻め込む、といった試乗のしかたはできないのが実情だ。
特に近年となると何かあった時のパーツ供給などを考えると、オーナーさんでさえ乗るときは細心の注意を払うことだろう。
そんなこともありNRの試乗経験は一度しかない。フルパワーの極上車。130馬力のホンダV4はどんなものだろうと心を躍らせたが、アイドリングから低回転域の排気音は意外とおとなしく、普通のVFRと印象はあまり変わらなかった。
V4特有のサウンドと、パワー感は希薄なのにいつの間にか速度がのっている不思議な感覚もV4と同じで「楕円ピストンだから」なにか特別、という感覚はなかった。
15000RPMは今や1000ccクラスでも回る回転数のため「超高回転」というイメージでもないが、しかしナナハンのV4が高回転域まで回っていく感覚はなかなか痺れたのを覚えている。
8000RPMほどからパワーバンドに入っていき、12000RPMを過ぎてからパワーピーク14000RPMまでパワーが絞り出されていく感覚はとてもレーシー。リアルレプリカであるVFR750R RC30などと共通するようなホンダのレーシングスピリッツを感じるものだった。
車体は先述したように公道向けにしなやかな特性になっていたというが、それはちゃんとワインディングなどをハイペースで楽しんでこそ解ることだろう。
無理のない短距離の試乗ではそこまで感じ取ることはできなかったものの、普通に走っているだけでも硬質さがなく馴染みやすかったのは間違いないし、常用回転域でもフレキシブルなトルクを発していたエンジンのキャラクターもまたこの印象に貢献していたと思う。わりとカッチリとしたCBR900RRと比較すると対照的とも感じられたし、NRが柔らかく、優しく感じられたのはCBR900RRの乾燥重量185kgに対して、NRは223kgだったということもあるだろう。
90年代以降のVFRがそうであるように、NRもまたホンダスピリッツを体現する一台と捉えるのが良いだろう。
サーキットタイムならわからないが、乗った感じ「速いっ!!」という印象ではなかった。
ただその代わり緻密さや正確さ、技術力などをヒシヒシと感じさせてくれるものが確かにあるのだった。
インナーチューブφ45mmの倒立フォークはホンダ市販車初。
ホイールは同年登場のCBR900RR同様に16インチ。
ディスクはφ310mmで、キャリパーにはNRの文字。その他車体各所にNRロゴが多く刻印されている。
5連のアナログメーターがメカメカしさたっぷりだが、内容は油圧、油温、水温、燃料計、そして中央にタコメーターとシンプルなもの。
これらが全てアナログメーターであるというのも、すべてデジタル化された今は豪華に感じる。
スピードメーターは上部の液晶。表示はLCDを使い表示文字をミラーで反転させることで文字が遠くにあるかのように見せる演出があった。
アルミタンクにはカウルと繋がるカーボン製のカバーがかぶせられている。
給油口は耐久レーサーのクイックチャージャーデザイン。タンク容量は17.3Lだ。
ボリューミーなテールカウルは内部にサイレンサーがあるため。
前側から取り込んだ走行風でサイレンサーの熱を吸い出す構造だ。
潔く一人乗り仕様としているのもプレミアムマシンらしい。
昨今のスーパースポーツモデルも一人乗り仕様でも良さそうのものだが……。
スイングアームはプロアームと呼ばれる片持ち式。
90年代VFRシリーズの4穴ではなくRC30と同様にセンターロック方式。
リアブレーキはφ280mmのベンチレーテッドディスク。ホイールはマグネシウム製だ。